学会発表資料
人間情報学会(2011年6月15日・東京大学)発表
あがり症治療を目的とした
自律神経活動の評価指標の開発
吉田たかよし(東京理科大学・客員教授)
板生研一(WINFrontier)
地村未知弘(インフォマティクス)
駒澤真人(インフォマティクス)
要旨
あがり症(過緊張)の治療には、緊張状態を示す自律神経活動を表示しフィードバック療法を施行することが有効であると期待されている。だが、現在、緊張度の評価として一般的に用いられている通常の心拍変動に対するスペクトル解析では、呼吸運動の周期によって数値が大きく変動するため、発表時や演説時における緊張度の指標としては不適切であることを実験で確認した。
あがり症の緩和に呼気時間を長くする呼吸法が有効であることが医療の現場ではよく知られているが、呼気時間を長くすると、見かけ上、副交感神経活動(リラックスした状態)を表すとされるH Fが低下し、交感神経活動(緊張した状態)を表すとされるLF/ H Fが上昇し、実際とは正反対の数値変動を示した。このことから、フィードバック療法には、通常の心拍変動のスペクトル解析は不適切だと考えられる。
そこで我々はこれに代えて、RRI(心電図RR間隔)のゆらぎの振幅に着目した。これは、副交感神経活動を反映しているとされる呼吸性不整脈の程度を表していると考えられ、あがっていればこの幅が低下し、あがりを抑えられていれば上昇すると考えられる。
そこで、この値を「あがりコントロール指数」と命名したうえで、緊張状態に置かれるプレゼンテーション時には下降し、呼吸法を実践しているときは上昇することを実際に確認し、これが緊張度に関する有力な新指標になりうる可能性を示した。
実験についての概要
Ø 従来の自律神経活動指標と緊張度との関係について
・ 検証実験①より、呼気時間を長くすると、見かけ上、副交感神経活動(リラックスした状態)を表すとされるH Fが低下し、交感神経活動(緊張した状態)を表すとされるLF/ H Fが上昇し、実際とは正反対の数値変動が見られた。
・ 検証実験②では、被験者15人に対して同様の現象が見られるかどうかを検証した。
Ø あがりコントロール指数について
・ フィードバック療法には、通常の心拍変動のスペクトル解析は不適切だと考えられるため、新たな指標として「あがりコントロール指標」を定義し、その有効性を検証した。
自律神経活動指標と緊張度との関係
検証実験①
RRIが測定可能な小型センサを用いて、行動内容と自律神経活動指標との関係を検証した。実験では、以下のようなシナリオで動作を6分間実施した。
意図的に呼吸法を変える(深呼吸):1分間(300~360秒)
RRIのゆらぎは呼吸性不整脈を表していると考えられ、緊張時は小さく深呼吸をすると大きくなっており、理論と合致する。
LFは交感神経の影響を強く受けているとされており、緊張時に上昇するのは理論に合致するが、深呼吸で大幅に上昇しているのは理論に合致しない。
HFは副交感神経の活動を表しているとされており、緊張時に低下するのは理論に合致するが、深呼吸で大幅に低下しているのは理論に合致しない。
LF/HFは交感神経の活動を表しているとされており、緊張時に上昇するのは理論に合致するが、深呼吸で大幅に上昇しているのは理論に合致しない。
深呼吸をすると、呼吸運動自体が0.1Hzに近づくため、この影響を受けRRIのパワースペクトルも0.1Hz前後にピークが現れる。これにより、LF上昇、HF低下、LF/HF上昇といった数値の見かけ上の変化が生じたものと考えられる。
自律神経活動指標と緊張度との関係
検証実験②
検証実験①で得られた推論を検証するため、RRIが測定可能な小型センサを用いて、深呼吸時と人前での発表時でのパワースペクトルを比較・検証した。実験シナリオは以下の通りである。
0.1Hzで呼吸運動を行うと、RRIのパワースペクトルも0.1Hzでピークをつけた。この結果から、心拍変動スペクトル解析は呼吸運動の影響を色濃く受けており、必ずしも自律神経活動を示しているわけではないと考えられる。発表時は呼吸活動がセンテンスの長さなどに依存するため、被験者によってパワースペクトルのピークが異なる可能性が考えられる。
あがりコントロール指数について
RRI(心電図RR間隔)のゆらぎの振幅は、副交感神経活動を反映しているとされる呼吸性不整脈の程度を表していると考えられる。すなわち、あがっていれば振幅が縮小し、あがりを抑えられていれば振幅は拡大すると考えられる。そこで、一定時間内のRRIの最大値と最小値の較差を振幅の大きさの尺度とし、この値をあがりがコントロールできている指標を使用できることを期待し「あがりコントロール指数」と命名した。図10に、あがりコントロールの算出イメージを示す。
RRIが測定可能な小型センサを用いて、深呼吸時と人前での発表時での「あがりコントロール指数」を算出した。実験シナリオは以下の通りである。
RRIの最大値と最小値の較差を算出するための範囲は、以下の3通りのケースを検証した。
表1~表3で示した結果より、緊張状態に置かれるプレゼンテーション時には下降し、呼吸法を実践しているときは上昇する傾向がみられた。少なくともこの結果は、RRIの較差が「あがりコントロール指数」、ないしは副交換神経活動の指標として利用出来る可能性を排除するものではない。
結論
自律神経機能の測定のため従来から広く行われている心拍変動スペクトル解析は、安静時には一定の臨床的な有意性が認められるものの、随意で呼吸運動を行う発表時や深呼吸時には自律神経の評価指標として大きな課題を抱えていることが確認できた。
また、まだ萌芽的な段階ではあるが、心拍変動スペクトル解析に代わる自律神経活動の評価指標として、呼吸性不整脈を表す考えられるRRIゆらぎの振幅の大きさが有意性をもつ可能性が見出された。
吉田たかよし(東京理科大学・客員教授)
板生研一(WINFrontier)
地村未知弘(インフォマティクス)
駒澤真人(インフォマティクス)