宇宙に鉄が少なければ、血液はコバルトブルーだった?
生命は身近にある様々な金属を使いこなしてきましたが、その中でも別格といえるほど重要なのは、鉄です。
何といっても、人体は酸素を運搬するために鉄を使っています。
全身にある60兆個の細胞はすべて酸素によって生かされているため、鉄は人間にとって生命線である元素といえるのです。
血液は、肺から全身へ酸素を運び、代謝で生じた二酸化炭素を全身から肺へ送っています。
しかし、酸素と二酸化炭素では、運び方がまったく異なります。
血液で二酸化炭素を運ぶのは実に簡単です。
二酸化炭素は水に溶けて炭酸になるので、血液の水分に溶かして運べばいいのです。
つまり、勝手に炭酸水になってくれるので、血液は特別なことは何もする必要はなく、ただ水分をグルグルと全身に循環させていればいいのです。
対照的に、酸素を運ぶのは一苦労。
二酸化炭素と比べると、水にほんの少ししか溶けないからです。
冷水なら、まだそこそこ酸素は溶けることができるのですが、体内温度の37度まで上がると、溶解量はぐっと下がります。
ちなみに、南国の海が透明なのはこのためです。
熱帯の海は水温が高いので、酸素の量が少なく、このためプランクトンも多くは生きられません。
ですから、海水が透き通って見えるのです。
一方、北国の海は水温が低いので、比較的多くの酸素が溶けています。
だから、プランクトンが繁殖し、水が濁って見えるのです。
その結果、プランクトンを食べる魚も、水温が低いほど豊富に育ちます。
巨大なクジラが北極や南極の海に住んでいるのも同じ理由です。
体内の血液は熱帯の海よりもさらに温度が高いので、人体は酸素をただ水分に溶かして運ぶというわけにはいきません。
そこで登場したのが赤血球の中にあるヘモグロビンです。
ヘムタンパクという有機化合物の心臓部に鉄がくっついています。
この鉄があるからこそ、酸素を効率良く運ぶことができるのです。
実は、酸素の運搬という重要な役割を果たす金属は、化学的には、必ずしも鉄でなければならなかったというわけではありません。
外側の電子の軌道が鉄とよく似た金属、例えばクロム、マンガン、コバルト、ニッケル、銅などでも、タンパク質の構造さえ工夫すれば、ヘモグロビンと同じような機能を持つ物質をつくり出すことが、理論的には可能です。
しかし、こうした多くの候補となる金属から鉄を選んで命を託したのは、存在量が多かったという一言に尽きます。
もし宇宙がコバルトだらけだったら、人体はコバルトで酸素を運んでいた可能性が高いと思います。
そうしたら、私たちの血液はコバルトブルーだったのかもしれません。・・・・・・・
「元素周期表で世界はすべて読み解ける」(光文社新書)第3章より
元素周期表で世界はすべて読み解ける
宇宙、地球、人体の成り立ち
吉田たかよし著
2012年10月17日発売
光文社新書/定価777円
【目次】
第1章 周期表には何が書かれているか?
第2章 周期表から宇宙を読み解く
第3章 化学反応を繰り返す人体
第4章 私たちはなぜ、動くことができるのか
第5章 レアアアースははみ出し組ではない!
第6章 美しき気ガスと気体の世界
第7章 周期表からリスクと健康を見きわめる
元素周期表で学ぼう!楽しもう!