はじめに『元素周期表で世界はすべて読み解ける』


 

量子化学とは難しくもシンプルな学問


私は、量子化学の研究にロマンを感じながらも、人命に関わる日ごとがしたいと思い、医学部に再入学しました。

卒業して医者になってから、栄養素や毒物の研究をする中で、初めて周期表が役立つものなのだと実感することができたのです。

正直に言って、周期表に愛着がわいてきたのは、その後のことです。

専攻を化学から医学に変えた後で周期表が好きになったというのは、偶然ではありません。

役に立つという具体例の積み重ねこそが、周期表への興味に直結したのです。


だからこそ、周期表を学ぶときは、医学や健康にどのように役立つかという視点で元素を扱うことがとても重要です。

もちろん本書では、できる限りこうした視点を積極的に取り入れています。

医者である私が周期表の解説をする理由もここにあります。


授業で周期表を教えるときに、生徒に興味を持たせられないもうひとつの原因は、周期表の本質が充分に伝えられていないことです。

私も高校時代は周期表に掲げられた元素の名前と性質を丸暗記するのに精一杯で、「周期表なんて元素の一覧表だ」くらいにしか考えていませんでした。

しかし、大学で量子化学を学んだところ、周期表の見方が180度変わったのです。


周期表とは何かと問われたら、私は迷うことなく次のように答えています。

 

周期表とは、量子化学の結論を、数式に頼らず表すものである。

 

量子化学では、元素の性質や化学反応を数式で解き明かします。

理論的には、地球上はもとより、宇宙も含め、すべての化学反応は、量子化学による数式で表せるはずなのです。


ただし、これはものすごく複雑な数式となり、容易には計算できません。

実は、1981年にノーベル賞を受賞された福井謙一博士は、この課題に真正面から取り組み、フロンティア軌道理論によって、一部の軌道の計算だけで化学反応を解き明かすことに道筋を付けました。


とはいっても、私たちが皮膚感覚で化学反応を理解しようとすると、数式によって描かれた元素の性質を何らかの形で模式化しなければなりません。

実は、誰でもわかるように量子化学の世界を模式化することに成功したものが、周期表にほかならないのです。

これこそが周期表の本質です。


だから、量子化学を理解していない人が教える周期表は、単なるセミの抜け殻だと私は思います。

高校の化学の授業は、それを詰め込んでいるのだから、周期表が面白くなるはずはありません。


かといって、量子化学は方程式を解くことによって成り立っているので、一般の方にはとても難解なものでしょう。

そこで本書では、方程式で成り立つ量子化学の世界感を、周期表を工夫することで、できるだけ数式は使わず、直感的に説明しています。

読んでいただければ、量子化学の魅力はお伝えできるものと確信しています。

 

 

ではここで、各章の内容をざっくりとですがご紹介いたします。


第1章では、どのように周期表はできているのか、また、そもそも元素とは、どんなものかについてお話しします。

一見しただけでは複雑かつ無秩序に見える周期表ですが、きちんとポイントをつかめば、一定のルールにしたがって、元素が並んでいるのがわかります。


第2章では、元素から宇宙の成り立ちを見ていきます。

自然界にある元素は、地球ではなく宇宙で生まれます。

その条件やその成り立ちをたどることで、宇宙がどのように進化してきたかも知ることができるのです。


そして、宇宙の成り立ちは、私たち人間が進化を繰り返してきた過程を知ることにもつながります。

宇宙にある元素と人体にある元素の共通点を、第3章で述べます。


第4章では、私たちの体を構成する元素について、周期表を用いながら見ていきます。

人体は精密機械といってもいいほど高性能な働きをしますが、生きていくうえでとくに重要なのは神経と筋肉の働きです。

神経と筋肉が正しく機能し、私たちを動かしてくれるそれらの機能の裏には、どのような元素の働きがあるのかご理解いただきます。


第5章で取り上げるのは、近年何かと話題に上がっているレアアースです。

ふだんはひと括りレアアースと呼ばれているものの中にはどのような元素があり、なぜこんなにも重宝がられているのでしょうか。

また、レアアースが多数存在することは、今現在の形に周期表が決まったことに、大きく影響を与えています。

元素周期表の仕組みを考えると、実はさまざまなタイプの形の周期表が考えうるのです。

既成観念にとらわれない周期表を見ていただくと、発想の転換となり本質が見えてくるはずです。


元素は、常温で固体になるもの、液体になるもの、気体になるものとさまざまですが、第6章では、その中でも気体に焦点を当てます。

私たちをとりまく大気がどのような元素で満たされているのか、これを機に知っていただきたいと思います。

また、私が周期表で最も美しさを感じるのは、周期表の中で最も右側に並んだ希ガスと呼ばれる6つの元素群です。

なぜ周期表の中でもひときわ美しい特徴があるのか、解説いたします。


生命体を維持するのに必要不可欠な元素がある一方で、毒になる元素もたくさん存在します。

そこで最終章では、過去に起きた四大公害病をひも解きながら、毒性のある元素たちの特徴を見ていきましょう。


さあ、これより周期表という海図を手に、宇宙と人体の謎を探求する大冒険に出かけましょう。

心配はご無用。量子化学という羅針盤を使えば、迷うことはありません。

読み終えたとき、きっとあなたは周期表のことが好きになっているはずです。

 

「元素周期表で世界はすべて読み解ける」(光文社新書)より



超新星爆発

元素周期表で世界はすべて読み解ける 

 宇宙、地球、人体の成り立ち

 吉田たかよし著
    2012年10月17日発売

    光文社新書

    定価777円

 

【目次】

第1章 周期表には何が書かれているか?

第2章 周期表から宇宙を読み解く

第3章 化学反応を繰り返す人体

第4章 私たちはなぜ、動くことができるのか

第5章 レアアアースははみ出し組ではない!

第6章 美しき気ガスと気体の世界

第7章 周期表からリスクと健康を見きわめる

 



超新星爆発