「はじめに」

 

世界は「ゆらぎ」でできている

~宇宙、素粒子、人体の本質~

(光文社新書)



はじめに

 

サイエンスの本は、なんだか難しい。

未知の暗黒物質・ダークマターのこと、ニュートリノやヒッグス粒子のことなど、話題になることが多くなってきたので、本当はいろいろと知りたい。

けれど、宇宙空間は広大すぎて、また、素粒子のことはミクロの世界が極小すぎて、常識の範囲ではイメージをつかみにくい。

そんな印象をお持ちではないでしょうか。

 

しかし、実はこういった自然科学では、たったひとつ、物質の「揺らぎ」から始まっているということに尽きるのです。

だから、最先端のサイエンスも、「揺らぎ」というキーワードで読み解くと、その本質が皮膚感覚を通していきいきと理解できます。

 

 

ミクロの世界で何が、どう揺らいでいるのか。その謎を解明するために、何百年も前から、科学者たちは研究にはげんできました。

画期的な理論を導いたり、大発見を成し遂げたような、誰もが知っているノーベル賞受賞者も、その中から数多く生まれたのです。

 

そして今日も、宇宙科学や物理学、素粒子など、専門は分かれるものの、さまざまな研究者たちが、次なる科学の謎を明かすべく、日々研究に取りくんでいます。

こうした最先端の研究を一気に発展させるブレイクスルーとしても、「揺らぎ」には熱い視線が注がれているのです。

 

 

「揺らぎ」というキーワードは、一度、30年ほど前に一大ブームとなったことがあります。

世代にもよりますが、1/fのゆらぎ、複雑系などということばを耳にされた方も多いでしょう。

 

 

しかし、その本質的なところまで理解されている方は、少ないのではないかと思います。また、当時は科学的根拠が不透明だったせいで、信憑性がないような印象すら持たれているかもしれません。

 

ところが実際には、揺らぎという概念は、自然科学の様々な謎を解き明かす究極のキーワードだということが次第に明らかとなり、最近では改めて注目が集まってきています。

 

 

私自身は、宇宙空間における物質の振る舞いを量子論というミクロの揺らぎで解き明かす研究に携わっていました。

揺らぎが織りなす壮大なロマンを実感できるテーマだったのですが、人体についての興味もあり、その後、医学部に再入学しました。

 

医師になってから気づいたのですが、揺らぎは、宇宙やミクロの世界に限ったことではなく、人体のメカニズムにおいても重要な役割を果たしていたのです。

しかも、量子論で学んだ揺らぎを分析する手法が、まったく畑違いの医学でも力を発揮するのです。

揺らぎの持つ底知れぬ神秘に心を奪われた私は、迷わずこうした分野をテーマに選び、現在は東京理科大学で研究に取り組んでいます。

研究の現場で、日々体験している揺らぎのサイエンスについての感動も、ぜひ、本書を通してお届けできればと思います。

 

第一章では、まず、ミクロの揺らぎを知る大前提となる量子力学とは何かをご説明いたします。

 

第二章では、ニュートリノやヒッグス粒子の発見など、最近、何かと話題になり、世間でも関心が高まっている素粒子の話をもとにして、今もっとも物理学者たちが注目している超ひも理論について述べます。

 

揺らぎや超ひも理論の知識は、宇宙を知る上でもとても重要です。

そこで第三章では、揺らぎに焦点を当てながら、最先端の宇宙科学をひもといていきます。

 

ミクロの揺らぎや広大な宇宙での揺らぎについて本質をつかんでいただいたところで、本書の後半では、ぐっと視点を身近なものに当て、地球上の自然現象や、私たち人間の体のしくみに備わっている揺らぎついて、知っていただきたいと思います。

 

第四章では、先に述べた1/fの揺らぎについて、第五章では、私たち人体の機能の揺らぎ、そして最後の章では、脳と心の揺らぎについてお話します。

 

 

おそらく、本書の前半で扱う宇宙や素粒子と後半で扱う人体とがあまりにもかけ離れているため、揺らぎという一つのキーワードで読み解くことに違和感がある思った方も少なくないはずです。確かに、表面的な現象だけに限れば、両者はほとんど関連のない学問だといえるでしょう。

 

しかし、どちらの分野も、物事の本質は揺らぎのない安定したものだという従来からの根拠のない思い込みを捨てたことで、今、研究が一気に発展しようとしているという点では、見事なまでに共通しているのです。

だから、揺らぎにフォーカスを当てれば、各分野の最先端のサイエンスがとても理解しやすいのです。

 

サイエンスという言葉は、ラテン語の「分離する」という動詞が語源です。扱う分野をどんどん細かく分離して専門化をつき進めることで学問が発展したため、サイエンスと呼ばれるようになったわけです。

 

しかし、その弊害として、異分野の連携がうまく行かなくなり、全体像が見えにくくなってきたのも事実です。サイエンスとは専門家だけのもので、一般の人にとっては無関係だといった印象をお持ちかもしれません。その背景にも、行き過ぎた科学の分離が見え隠れしています。

 

そんな今だからこそ、「揺らぎ」という共通の視点を通して、各分野のサイエンスを幅広く読み解くことがとりわけ重要になってきたと私は感じています。

 

これは、いわばバラバラに分離されたサイエンスに太い横串を刺すようなものです。

これにより、本書を読み終えたとき、サイエンスの見方が、ほんの少しかもしれませんが、確実に変わっているはずだと信じています。

 

サイエンスは、難しいことを苦しみながら勉強するというものではありません。

本来はワクワクドキドキしながら、楽しく物事の本質に迫っていくものです。

その醍醐味を存分に味わっていただけるよう、心をこめて執筆したつもりです。

 

 

さあ、今から私と一緒に、サイエンスという大海原に向けて旅に出かけましょう。揺らぎという確かな羅針盤が、私たちを素晴らしい楽園へと誘ってくれるはずです。

 

東京理科大学客員教授

吉田たかよし

 

 

 

世界は「ゆらぎ」でできている

~宇宙、素粒子、人体の本質~(光文社新書)

「はじめに」より




 

世界は「ゆらぎ」でできている

~宇宙、素粒子、人体の本質~

(光文社新書)